草原のつながり ~人と自然が織りなす歴史遺産~(令和3年度筑波大学山岳科学センターシンポジウム)|筑波大学山岳科学センター

「地域再生が叫ばれる時代に、草原再生を進める意味と方法」というタイトルで事例発表をしました。

草原のつながり ~人と自然が織りなす歴史遺産~
 日付:2022年3月27日(日)
 会場:生中継によるオンライン配信(筑波大学山岳科学センター菅平高原実験所からZoomウェビナー)

講演内容

地域再生が叫ばれる時代に、草原再生を進める意味と方法

本日は「地域再生が叫ばれる時代に、草原再生を進める意味と方法」というタイトルでお話しいたします。草原において話題となっている経済、生物や自然、文化、教育の4つの切り口が関連してきます。私は高原の自然館という職場と、一般社団法人全国草原再生ネットワークの両方に所属しており、本日はその両方の立場からお話しいたします。

私の自宅からの風景を紹介します。近所の人は、毎日、家の周りの田んぼに水がきちんと入っているかを見て回っています。田んぼが青くなっていく様子や、斜面の法面、夕日が落ちる景色などを眺めていると、季節の移り変わりを感じます。こうした風景は、代々田んぼや斜面の草原を手入れしてきた人々によって作られ、そこに花が咲き、虫が飛び交うことで成り立っています。人が風土に働きかけ、風土がそれに応答するという、長い時間をかけて積み重ねられたインスタレーション作品のようだと感じています。

冬になると除雪車が入らないため、雪を踏みしめて歩いて通勤します。気温がマイナス15度を下回るような晴れた日には、空気中の水分が凍って輝くダイヤモンドダストを見ることもできます。私はこのような自然環境と人との間にある関係性に興味を持っています。

草原再生ネットワークなどでは、これを共創資産と呼んでいます。人が山焼きや放牧、草刈りといった働きかけをすると、自然からは水源涵養や美しい風景、資源の提供といった応答があります。これらは人間が勝手に行うのではなく、毎年決まった時期や方法で行われ、自然との相互作用の中で最適な方法が長い時間をかけて形作られてきたものです。人間だけで作ったものでもなく、自然をそのまま受け入れているわけでもない、お互いの働きかけによって生まれた知恵や技術、風景そのものが共創資産であり、各地に存在していると考えています。

私が住んでいる広島県の北広島町は、面積が646平方キロメートルと広く、標高は200メートルから1,223メートルの海のない地域です。人口は減少傾向にあり、現在は1万7800人ほどです。比較として長野県の上田市を挙げると、面積は552平方キロメートル、標高はさらに高いですが、人口は15万人と大きく異なります。

本日お話しするのは、北広島町の中でも合併前の旧芸北町にあたる芸北地域です。面積は上田市の半分ほどですが、世帯数は約1,000、人口は2,000人を切る過疎地域です。この地域にも草原があり、雲月山での山焼きなどをボランティアの協力で再開しました。中学生も参加し、大人の指導のもとで火をつける作業を体験しています。また、千町原という場所でも、2003年からボランティアによる低木の伐採を続けてきました。

しかし、こうした保全活動を続ける中で、このままでは長続きしないという思いを抱えていました。本来、二次草原は人々が屋根材や薬草、飼料、堆肥などとして利用することで維持されてきたものです。現在ではそれらが市販の代替品に変わり、草原が利用されなくなった結果、景観の悪化や生物多様性の喪失、自然の恵みが受けられないといった課題が生じています。

ボランティアや行政からの補助金といった社会資本を投入して草原を維持しようとする動きは各地にありますが、担い手や資金の不足が常に課題となります。そもそも草原はお金や労力を投入する場所ではなく、資源を受け取るための場所でした。ですから、単に作業や人材育成にお金をかけるよりも、利用されていない状態から、現代社会に適合した形で利用される状態に戻していくことが、最も効率的だと考えています。

その取り組みの一つとして始まったのが芸北茅プロジェクトです。これは芸北せどやま再生事業という取り組みから派生したものです。低木の伐採を進めてきれいになった茅場で、ボランティアの方々と茅刈りを始めました。単に労力を使う保全活動から、刈り取った茅を利用していただく形へと転換したのです。

刈り集めた茅は、茅金市場という市場に出荷します。茅がお金になるという意味を込めた名称です。廃校になった小学校の体育館を保管庫として使い、茅が腐らないよう風通しを良くして立てて保管します。この市場に茅を持っていくと、ボランティアだけでなく地域の誰でも対価を受け取ることができます。対価は現金ではなく、せどやま券という地域通貨で支払われます。せどやまとは家の裏山を意味します。単位は石で、1石が1円に相当します。有効期限は6ヶ月で、茅3束を持っていくと1,000石の券を1枚受け取れます。

受け取った地域通貨は、地域内の約30店舗の商店やガソリンスタンドなどで使用できます。集められた茅は、地域内の茅葺き屋根の修復などに販売されます。行政や個人など、建物を管理する施主が材料費として茅を買い上げ、茅葺き職人によって屋根が葺かれます。

茅は町内だけでなく、町外や県外へも運ばれます。地域の茅場が文化庁のふるさと文化財の森に設定されているため、県内の文化財を修復する際には、なるべくその森の茅を使うよう推奨されており、これが販売ルートの開拓につながっています。愛媛県から直接買い付けに来られたこともありました。

現在、全国的に文化財の修復に必要な茅の量と、国内で生産される茅の量がほぼ同じと言われています。つまり、指定を受けていない民家などの修復には国内の茅だけでは足りない状況です。茅場はたくさんあるのに集められていないのは、大変もったいないことです。

この仕組みを整理すると、地域の人々が茅場から茅を市場に持ち込み、地域通貨を受け取って地域のお店で使います。市場に集まった茅は屋根材として販売され、その収益が現金として入ることで地域通貨の換金が行われ、差額が市場の運営費となります。この流れの中で、山では野生生物の保護や草原景観の保全、獣害抑制、水源涵養といった多面的な機能が発揮されています。また、地域通貨によってお金が地域内を循環し、過疎地の経済活性化につながっています。さらに、茅が屋根材として使われることで、茅葺き建築の保存や技術の伝承といった文化の継承にも貢献しています。

取り組みの規模は小さく、2015年の開始当初は持ち込まれる数も少なかったのですが、茅束の規格を直径20センチ、長さ180センチ以上に変更するなど調整を行い、2020年には604束が集まりました。参加者の代表者数は14人ほどですが、一緒に作業する人を含めれば、人口の約0.7パーセントが茅刈りに参加している計算になり、これは大きな成果だと感じています。1束850円を基本に販売しており、2019年の売上は約30万円でした。

このプロジェクトは教育にも深く関わっています。最初に参加した中学生たちは現在大学生になっています。芸北中学校の2年生は、1年生と一緒に茅場に行き、茅葺き職人から良い茅の見分け方などの指導を受けながら茅刈りを体験します。自分の背丈より高い茅を運んで束ねる作業は大変ですが、生徒たちは工夫しながら取り組んでいます。

さらに、茅金市場の運営自体を中学2年生が担っています。地域の人々に茅を持ってくるよう呼びかけ、持ち込まれた茅を受け入れます。その際、茅が規格に合っているか、曲がっていないかなどを厳しく確認します。大人に対して規格外なので引き取れませんと伝えるのはハードルが高いことですが、こうした経験が彼らの自信につながり、生きたキャリア教育になっています。生徒たちは、運び込み、カウント、整頓といった役割分担を自ら考え、駐車場での車の整理まで行っています。

生徒たちは受け入れた茅の数に応じて地域通貨を準備し、有効期限のスタンプを押して地域の人に手渡します。地域の方々も子供たちから通貨を受け取ることを喜んでおられます。このように、茅金市場では地域資源への気づきや実体経済に関わる学びが提供され、次世代の担い手が育っています。この活動を20年続ければ、地域の60歳以下の全員が茅を刈れるようになるはずです。

この茅プロジェクトは、広葉樹を集めるせどやま再生事業という年間200万円規模の地域通貨が動く大きな仕組みの基盤があってこそ成り立っています。茅だけで仕組みを回すのは手間がかかりますが、大きな仕組みから派生させることで、こうした小さなモデルも機能させることができます。

成果として、地域住民からの持ち込みや学校の授業、PTA活動で集まった茅を販売し、約51万円の収益を上げることができました。この収益は、中学校への冷水機の設置や、各家庭への修学旅行資金の助成などに充てられています。修学旅行の際には、校長先生から生徒たちへ給料袋として直接手渡されます。自分たちで働いて稼いだ対価を受け取るという経験です。また、3年生のバザー活動の資金を貸し出すカヤプロ銀行の運営や、豪雨災害への寄付などにも活用されています。

私たちは、このプロジェクトが実現している4つの要素をか・や・ぶ・きと表現しています。かは貨幣経済の活性化、やは野生生物の保全、ぶは文化の継承、そしてきは教育の推進です。これらの仕組みを一つ一つ作っていくことが、共創資産を育てることだと考えています。

地域に蓄積されてきた山焼きや草原管理の技術、そしてそれによって形成された草原という資産は、そのままでは失われてしまいます。地域の中で蓄積し、管理し、現代に合わせて運用していくことが重要です。全国草原再生ネットワークでは、未来に残したい草原の里100選の取り組みを通じて、全国の草原にある共創資産の価値化を進めていきたいと考えています。

草原をお持ちの地域の皆様には、ぜひこの取り組みにご参加いただければと思います。

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公式からの報告

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