ネイチャーポジティブナショナルフォーラム 〜 山・里・川・海での挑戦と協働 〜|国際自然保護連合(IUCN)日本委員会・東京大学大学院農学生命科学研究科

国内でのネイチャーポジティブ実現に向けた実践と議論をさらに深めるとともに、関係者間のネットワークを強化し、日本全体で社会的な機運を高めていくことを目指すフォーラムで、全国草原再生ネットワーク理事の立場から発表させていただきました。

ネイチャーポジティブナショナルフォーラム 〜 山・里・川・海での挑戦と協働 〜
 日付:2026年1月31日(土)
 会場:東京大学弥生キャンパス 弥生講堂(全体会)・弥生講堂アネックス(分科会)

講演内容

草原の課題、そして対応

草原の課題、そして対応について、お話しさせていただきます。
私は本日、全国草原再生ネットワークという立場で参りました。このネットワークは2007年に設立され、役員が7名いる一般社団法人です。会員は個人が47名、団体が14団体で、全国各地のメンバーが加わっています。草原のデータを蓄積する活動を行っており、雑多な形ではありますが、約330の草原データがネットワークの中にあります。逆に言えば、草原はそれほど多くないということを、今日皆さんに知っていただきたいのです。

活動の大きな軸は2つほどあります。
1つ目は、1990年代に「野焼きサミット」というものからこの団体が始まりました。全国でどのように野焼きをして草原を残していくかというところから始まっていますが、特徴的なのは「全国草原サミット・シンポジウム」という形をとっていることです。サミットは、市町村の首長さんたちが集まるサミットです。本当に首長さんが集まるサミットと、市民が集まるシンポジウムを同時期間内に行い、双方の立場から意見を合わせるということを、もう30年続けています。

もう1つの事業は、「未来に残したい草原の里100選」です。これは草原の里を100カ所選び、良いところを検証していこうという事業です。大事なのは、草原に残っている知恵や技術、人々の想いをきちんと評価していくことです。私たちは草原を受け継ぎたいと考えていますが、草原という環境は、人の活動がないと残っていかない環境です。私たちが着目したのは、自然そのものを検証するのではなく、そこの自然と共に活動している関わり方、これを「良いもの」として価値づけしていくことを目指しています。
選考委員には建築の専門家、草地生態の専門家、広く野外を中心に芸能活動をされている方など、様々な分野の方に入っていただいています。主催は「全国草原の里市町村連絡協議会」という行政団体で、そこに運営団体として私たち全国草原再生ネットワークが入っているという立ち位置です。
まだ100選にはなっていないので、ぜひ草原をお持ちのところは応募してください。過去3回分は書籍にして残しておりますので、ぜひご覧いただければと思います。

さて、そもそも「草原」と聞いて、皆さんはどのような風景を思い浮かべるでしょうか。
もともと草原はどのような場所だったかと言うと、人間が利用していた場所、里山と呼ばれる場所の一つです。堆肥に使ったり、山菜を採ったり、牛を飼うための飼料や、茅葺き屋根の材料であるススキを採ってきたりしていました。このように、自然の恵みをもらってきていた場所なのです。しかし、これが森になると、こうした草は少なくなります。草原であるからこそ、こうした恵みを受け取れたわけです。

しかし今は草原が使われないため、放置されています。いらないから関わらない。そうなるとどうなるかと言うと、生態系サービスの低下や景観の悪化、そして絶滅危惧種の増加が起きています。「増加」というのは数が増えるのではなく、草原にいる生き物が絶滅危惧種になってしまうという現状が起きています。
色々な地域で、ボランティアでなんとかしようとしたり、あるいは行政がお金を出したりしています。例えば秋吉台では、1回の山焼きに1200万円をかけて山を焼いています。
現在は、さまざまな形で草原に社会資本がどんどん投入されているわけですが、これを公金で続けようと思っても続きません。今とても苦しい状況が起きています。

解決の方向性は2つあります。放置された状態が悪いのであれば、もう一度草原を「使う」という方向性が一つ。もう一つは、投入される社会資本の厚みを増して、しっかりと支えていくことです。

日本の草原は過去100年間で1,300万ヘクタールから20万ヘクタールに減少しました。ものすごい減りようです。1,300万ヘクタールというのは、北海道と九州を合わせたくらいの面積です。かつては農業にトラクターや軽トラがなく、みんな牛を飼っていたため、牛の餌も必要であり、それだけ草原が必要だったわけです。それがどうなったかと言うと、今は東京都の面積よりも小さくなっています。北海道と九州を合わせた面積があったものが、これほど小さくなってしまったというのは驚きです。

ここで言う「草原」とは、世界的には「オールド・グロース・グラスランド」と言い、森を切り開いてできた一時的な植生、つまり二次植生とは少し違うということを皆さんと共有したいと思います。
特徴としては地形改変の影響がない、あるいはほとんどないことです。継続的な種まきや肥料やりなどはされていません。土壌の水分条件や気候条件も問いません。これだけ見ると原生自然のような特徴ですが、そこに人が長い時間、絶え間なく続く関与があること、例えば阿蘇の草原では1万年前から山を焼いていたのではないかという記録が微粒炭の解析から分かっています。つまり、原生自然でありながら、そのサイクルの中に人間も入っているという、非常に興味深い環境なのです。
極相林という言葉がありますが、人が関わることによって動的平衡状態を保っている、あるいは人の文化が植生遷移を止めていう意味で「文化的極相」とも言えるかと思います。

草原に、どのような人の関与があったかと言うと、3つです。非常に単純です。
1つは「放牧」、馬や牛の放牧です。
もう1つが「採草」、これは茅などを刈り取ることです。
そして「火入れ」、良い草を生やすために山に火をつけるという管理の手法です。
この3つのどれか、あるいは組み合わせによって草原は維持されてきました。放牧や採草は草を取って資源として利用する方法、火入れは管理の手法ですが、今は放牧や採草をやめた場所でも、景観の保全やふるさとのために火入れだけを続けているところもあります。
最近、もう一つ課題が出てきています。それが「シカ」の問題です。午前中の話にもありましたが、シカが入ってくると希少な種も含めていろいろなものを食べてしまいます。人の関与をどう続けるかということと、シカからの保全をどうするかということが課題です。
答えは見えつつあります。人の関与を続けるなら、次の担い手を作りましょう。広島県芸北地域で行なわれている授業では、中学生が茅を地域通貨で買い取って、それを茅葺き屋根の材料として提供することを通じて、地域の資源や経済のしくみについて学んでいます。次の担い手を育てていかなければ、草原ではなくなってしまいます。
もう一つ、シカ柵についても今はかなり良いものが出てきています。シカの食害を防ぐための柵の必要量や人手は、日本にある草原の総延長が分かれば算出できます。つまり、それに必要なお金も算出できるわけです。この部分は、今日のネイチャーポジティブの動きとかなり親和性が高いところだと思います。

社会に落とし込む上での課題ですが、今やるべきことは火入れ、放牧、採草、そしてシカ対策という4つで非常に簡単なのですが、これを都市や経済、あるいは世界基準とどう繋いでいくかが大きな課題です。

放牧というのは担い手がやっていかなければいけないので外部の関わりは難しいですが、草刈りは外部人材が入ることでできる可能性があります。ただ、資金だけでは続きません。山焼きは非常に危険です。阿蘇の方では、火入れが起きた時の保険商品を市町村で準備するというやり方もやっています。こうした負担の分散も、取り得る方策です。しかし、シカはお金さえあればなんとかなります。
まずはシカ対策から、外部資本が草原保全に関わる仕組み作りをはじめられると考えます。そして同時に、時間をかけて取り組むべきことがあります。放牧や採草は資源を取る活動なので、草原から得られる産物や資源の社会的価値を高めれば流通経路が生まれて草原が残っていくでしょう。草原の価値を正当に評価する取り組みにしっかり資金を集め、やり方を工夫しながら、外部人材が関われる仕組みを作っていきたいと考えています。

取り組みを進める課題として、まず現状が見えていません。全国的な草原と地域のデータが整っていないので、どこの草原がどういう状況にあるのかをきちんと見ていかなければなりません。課題の所在だけでなく、生態系の価値も同様で、どこに多様な生物が生息しているかも含めて調査する必要があります。
2番目は担い手がいないことです。各地とも高齢化しており、技術の継承ができていません。地域をサポートするネットワークを作ろうとしても、サポートする相手がそもそも地域にいなくなっているという状況が起きています。
3番目は価値とコストが不明だということです。ボランティアによる管理が合っているのか、あるいはモニタリングもなされていないところがほとんどなので、その草原がどれだけ価値があり、どれだけのお金をかければ維持できるのかが分かりません。

こうした生態学的課題と社会的なミスマッチを解消するため、全国草原再生ネットワークでは、三つの戦略的アクションからなるロードマップを推進しています。第一の柱は、全国の草原の状態を調査・可視化し、科学的データに基づいた「草原トリアージ」を実践する「全国草原カルテ」の作成です。これは、生態系の質だけを評価するのではなく、社会的な状況を加味することで、実際の保全アクションにおける緊急度とリソース投入の優先順位を明確にするための「診断」です。第二の柱は、担い手を孤立させないためのネットワーク強化による「共助」の確立です。地域を超えて技術と人材を融通し合うシェアリングシステムを構築し、熟練者の技を次世代へ継承する場を創出します。第三の柱は、カルテの診断結果に基づき、各草原に最適な保全・活用のプログラムを提供して未来の担い手を育てる「インキュベーション」です。
科学的知見と社会システムの統合を軸としたこのロードマップを通じて、日本の文化的景観である草原を次世代へ繋ぐための具体的かつ持続可能な活動を展開したいと考えています。

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