GLOBAL NATURE POSITIVE SUMMIT 2026 KUMAMOTO JAPAN

グローバル・ネイチャーポジティブ・サミットというイベントに参加しました。
どんな風に過ごせば良いのかイメージできないまま会場に赴き、2日間の会議と1日のエクスカーションに身を委ねてみました。発表もしないし、「ウロウロしてる人」枠での参加なので、ゆっくりと内省や自問の時間を持てました。

メイン会場は、短いパネルディスカッションが繰り返されるという形式で、セッションのタイトルと登壇者の肩書きを見れば、どんな主張がなされるのかがイメージできる感じなので、休憩がてら、ラジオを聞くような気分で参加してました。自分なりに再確認したことの一つ目は「しかるべき人たちが、この場で発言(ある意味宣言)すること」の意味。みんなが知っていること、すでに合意されていることでも、サミットに立つ人が、自分の言葉で発言することには意味があると思います。これは、草原サミットを続けている意味でもある。
研究者はずっと言っていること、現場ではみんなが思っていること、それらを言葉にして、サミットに立つ人に「言わせる」ことには意味があると思います。

確認したことの二つ目は、経済や法規制からアプローチするネイチャーポジティブができることの限界でした。これまでも、なんとなくぼんやりと「お金を詰んでも守れないものがある」ということについて考えていたのですが、すこし輪郭がキリッとして良かった。

世界的には利益の80%をトップ10%の企業が独占しているとか、トップ1%の企業だけで、全体の経済的利益の36%を創出しているとか、とにかく利益は偏ってる。日本でも傾向は同じで、大企業と呼ばれる企業は0.3%で売上高の56%、44%の売上は99.7%を占める中小企業や小規模事業者だそうで、偏りは小さい/プレイヤーが多い。このことが、経済・法規制からのアプローチの限界を決めている。
たとえばTNFDなどの世界基準に対応できそうな(または対応したい)のは、「大」寄りの企業で、サプライチェーンまで含めると「売上に占める割合は」かなり大きくなる。一方で、下請中小企業比率は、製造業で約18.6%、サービス業で約9.4%などで、「数」で見るとサプライチェーンに乗らない企業(または小さなサプライチェーンで完結している企業)の方が圧倒的に多い。ここが、できることの限界。

このことは、具体的には、熊本宣言で強調された要素の4番目「ミティゲーションヒエラルキー」に関する書きぶりに見ることができる。生態系への影響の「回避」「最小化」「補償」はできるのだけど、劣化した生態系の「回復と再生」は【貢献する(contribute)】となっている。つまり、宣言に署名した団体は、(必ずしも)回復と再生に取り組む主体というわけではない、ということなのかな、と。

ただ、それは否定的に捉えることでも、批判されるべきことでもないと思っています。社会を構成するそれぞれのセクターが、自分達ができること/できないことを明確に宣言していくことで、やるべきこと、取り組むべき課題が明確に見えてくる。「経済界さん、回避と最小化はホントにお願いします。」「回復と再生は、こっち側セクターのみなさん、引き続きやっていきましょう。」そんな感じ。もちろん、橋渡しをする人たちの役割は引き続き大事なわけで、足並みを揃える時には遅い方に配慮していただけるとありがたいです。科学に基づく判断や大きな資本の「急激な流入」は、その地域独自のやり方、人間関係、慣例に対して破壊的な影響を与えるものだと思います。それが良いことなのか、悪いことなのかは、将来にならないと分かりませんが、少なくとも「失われるものを最小限にする配慮」はしておいた方が良いのかな。
熊本宣言で強調された最後の要素で配慮されることが、地域社会の「生計を守り向上」「社会的公平性を促進」「コミュニティのエンパワーメント」と、西洋的な近代化や経済発展を前提とした社会設計と同じ言葉で語られていることには、小さな不安は拭えません。

上のふたつは「隣の庭」を見てきたような感想ですが、もうひとつの収穫は自分事の整理。サイドイベントで、グリーンストックの増井大樹さんが熱を持って発した「日本の草原の半分は阿蘇にある。この半分の草原を守る活動に私たちは関わっている」という言葉がよかった。
これも、できることの範囲を宣言した言葉ですが、日本の草原の半分に対して、直接的・具体的・継続的な取組をしている組織があることは大きなことだと思います。敬服。
一方で「グリーンストックが関わらない半分」、つまり阿蘇以外の草原に対して何ができるのか、というのが、全国草原再生ネットワークに課せられている課題なんだなぁ、と今さらですが再認識しました。半分は安心して任せられる、草原ネットは残り半分をしっかりやろう、という整理ができました。
数の上では「半分」ですが、地理的・社会的にある程度のまとまりがある阿蘇の半分と、全国に分散した半分とでは、異なるやり方が必要だなぁ、とか、とはいえ互いに参考になる部分もあるのだろうなぁ、とか、具体的にどうということではありませんが、これも輪郭が整えられたことでした。

大きなところがどんどん進めてくれる中で、自身の立ち位置をキャリブレーションできました。
主催者のみなさま、実施にあたったスタッフのみなさまに感謝します。

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